不倫夫の「被害者ヅラ」とかいう、心の暴力
不倫されて傷ついている最中に、なぜか責められて罪悪感まで負ってしまう。「被害者なのに悪者扱い」される苦しみから一緒に抜け出していきましょう。

私がおかしいんでしょうか
夫の不倫が発覚しました。証拠もあります。
問い詰めたらそれを、「感情的に物を言う女」「ヒステリー」と言われ、
「お前は俺を責めすぎる」「弁護士を立てて俺を追い詰めて、俺は被害者だ」と言われました。
ついには話し合おうとすることそのものを「俺への精神的虐待」とまで言われました。
「私のどこが虐待なの?」と聞くと「全部」と答えます。憎しみのこもった目で言うんです。
私が加害者みたいに。
最初は「何言ってるの?」と思いました。
でも何度も言われるうちに、
・私が怒ったことが虐待だった?
・問い詰めたことが間違い?
・私がもっと優しくしていれば不倫しなかった?
と、分からなくなってきました。夫は私がいかにひどいかを周りに言いふらします。
だんだん、私の方がおかしいのか自信が無くなってきました。気づいたらずっと「私が悪かったのか」を考えています。
私はどう考えればいいんでしょうか。

人は、自分が不利になる出来事に直面したとき、「自分が被害者である物語」を作ることがあります。
・不倫した事実
・裏切った責任
・相手を傷つけた現実
これらを直視できないとき、
「自分は責められている」「悪いのは相手」というストーリーに、心が逃げ込むことがあります。


なぜ「私が悪い」と思ってしまうのか
一緒に整理していきましょうね。
💠1💠
あなたの最初の反応:「何言ってるの?」
ここはまだ、あなたの現実感が保たれている状態です。
・浮気したのは相手
・責任転嫁している
という論理が、まだちゃんと機能しています。
💠2💠
でも、相手の態度が“本気”すぎる
問題はここ。
・憎しみを込めた目で
・「俺は虐待されている」と訴える
これが芝居ではなく、本人が本気で信じているように見えると、人は一気に揺さぶられます。
え…?この人、嘘じゃなくて、“本当に傷ついてる人”なの…?
ここで認知の土台が一気に揺らぎ始めます。
💠3💠
「私が悪いのかもしれない」フェーズ
すると、思考がこう変わってきます。
・私、厳しく責めすぎた?
・自分の何が虐待だと思わせてしまったんだろう
・私にも落ち度があったのかもしれない
過去をほじくりかえして、延々と自己採点、セルフ裁判を始めてしまうし
さらに
・そもそも虐待って何?!
・精神的加害って、どこからよ?
という、壮大な問いに追い詰められて苦しんでしまいます。
問いのすり替え
本来の問いは
👉「浮気という裏切りを夫婦で今後どう扱うか」
なのに、いつのまにか
👉「私は加害者なの?いつから加害者になったの?」
に、すり替えられています。
そして周囲を巻き込んで、あなたが悪いという相手の物語が、「事実」として強化されていく。相手の物語がどんどん濃くなって、あなたの内側まで染めようとしています。
これが「自分が加害者なのか被害者なのか分からなくなってしまう」状態です。
はっきり言います。これは現実認識の主導権を奪う暴力です。
しかしここまで読んでも
それでも私にも悪いところもあったかもしれない
そう思っているかもしれません。
それでも、はっきり言えることがあります。
あなたは加害者ではありません。被害者です。
先に傷つけてきた人が、責任を問われて「被害者ヅラ」をするのは都合が良すぎます。自分が相手にどんな傷を与えたのか見ようともしないのに、自分の痛みにだけ大騒ぎしている状態です。
あなたの本当の苦しさ
あなたは二度傷つけられています。一度目は「不倫の裏切り」。二度目は「責められる理不尽さ」です。ダメージは二度目の方が大きいかもしれません。なぜなら
私は正気じゃないのかも。私の感覚が信じられない。
という怖さがつきまとうからです。
この状態では、
- 混乱
- 羞恥
- 無力感
- 恐怖
が同時に来ます。これらのダメージは、本当に心を殺しにくるのです。
そんな中であなたは子供さんのために、なんとか正気を保とうとしています。
あなたは強くて立派なお母さんです
醜い勝利と美しい負け
法的な話し合いのことは弁護士さんのお仕事なので、ここでは心の持ち方について、私なりにお話ししたいと思います。
武士道精神で、ハッキリ覚えてないんですが「醜く勝つくらいなら、美しい負け方をした方がその人の魂に良い」みたいな言葉がありまして。
周囲に嘘を言いふらし、
あなたをやりこめ、
優位に立つ。
それは一時的には「勝利」に見えるかもしれませんが、「醜い勝利」ではないかと私は感じます。
もちろん、あなたの旦那さんを貶める意図はありません。しかし「優位に立つために取った手段が良くない」と言っています。
醜い勝利には落とし穴があります。
それは、不誠実な旨味に味をしめると、ずるい振る舞いへの抵抗感が、ジワジワ無くなっていくことです。
「人のせいにできた」つまり、「現実を歪めて得をした」というのは、危険な成功体験です。
「あれでいけたんだから、今回もいけるはず」と、繰り返し味わおうとします。
それはやがて、ブレーキの効かないモラハラや、虚言、責任転嫁となり、周囲に違和感を持たれます。
考えてもみて下さい。加害者が「被害者ヅラ」をするというのは、要は他責なのです。何かあったら人のせいにするなら、周りだっていつ自分にとばっちりが来か分かりません。その場ではうんうんと話を聞いたとしても、賢い人なら距離を取るでしょう。
つまり、はじめこそ、醜くても「勝利」っぽい優位性がありますが、やがて「勝利感」が消え、ただの「醜さ」だけが
人の心に残るのではないでしょうか。
あなたが守ったもの
一方あなたは、痛みの多い立場を引き受けています。
被害者なのに、
・なおも名誉を傷つけられ
・自分を疑い
・正気を奪われ
・現実認識の主導権まで取られてしまっています。
なんだかやられっぱなしのようにも思えますが、あなたは大切なものを守り抜いています。
「自分に恥じない真っ直ぐさ」です。
あなたは保身のために、
人を裏切らずに済みました。
真実を捻じ曲げずに済みました。
人の心を殺さずに済みました。
我が身かわいさに誰かを傷つけず、踏みとどまって痛みに耐える気高さは見事なものです。
「ありもしない事実を作ったり」、逆に「あったことをもみ消す」不自然なことをしませんでした。筋が通ってます。
不利な立場ではありますが、私はあなたを「美しい」と感じます。
私は、「美しい負け」とは「相手の闇に合わせて自分の光を濁さないこと」だと思います。
相手の物語から降りましょう
相手が
・「覚えていない」
・「そんなつもりじゃなかった」
・「俺は傷ついていた」
そう言う瞬間、物語は相手の都合で書き換えられています。
ここでするべきことは
「相手の物語に同意できるか」ずっとずっと考える
ことではありません。
守るべきなのは、ねじ曲げられていない、あなたのタイムラインです。
あなたは、
- 不倫された
- 問いただした
- その結果、話がすり替えられた
これがあなたの「事実」です。
誰かが別の物語を語っても、消えるものではありません。
あなたまで、自分を加害者にしないで下さい。
「私は、自分を信じる」
この一点だけを、どうか手放さないでいてください。
それでも辛くなったら
それでも相手の言葉が頭に浮かんだり、自分を責めそうになったら「大丈夫。私は私の味方でいい」と心の中で区切ってください。
相手の言葉は真実ではありません。相手はあなたを「感情的だ」とののしりましたね。
問題解決の場で「感情的だ」という人は、傷つけてしまったあなたの心への責任と向き合えていないだけです。
つまり、あなたの問題ではなく、相手の問題でそのような言葉が出ているだけです。
何度でも言います、
相手の言葉は真実ではありません。
あなたを傷つけるような人に、心まで踏み込ませないで下さい。
あなたはご自分を信じて大丈夫です。あなたは十分に誠実です。


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心が折れそうなとき、誰かの言葉が刺さって眠れない夜、頑張れない日。
私達は時に、沢山のダメ出しに囲まれます。
私はもし、あなたがこれまで100回 “NO” を突きつけられたなら、あなたは“YES” だと、101回伝えます。そのくらい本気で、あなたを肯定する言葉を沢山持っています。肯定しつづける覚悟があります。
必要なのは、気休めじゃなく 自分を信じらる力 。私が味方でいつづけます、どうか手をとって下さい。





